熱中症対策の義務化、何をすればいい?罰則と早期発見・報告体制のつくり方
2026-09-01
2025年の夏、職場での熱中症による死傷者は1,803人にのぼり、統計を取り始めた2005年以降で最多となりました(厚生労働省、2026年5月公表の確定値)。一方で死亡者は前年の31人かも19人へと、約4割減っています。観測史上最も暑い夏に、倒れる人は増え、亡くなる人は減ったのです。この対照的な数字の背景にあるとされるのが、2025年6月から罰則付きで義務化された職場の熱中症対策、とりわけ「早期発見・報告体制」の整備です。
熱中症対策の義務化とは具体的に何をすることなのか。いつから始まり、罰則はあるのか。施行から1年あまりが経った今も、こうした疑問を持つ安全衛生担当者は少なくありません。義務の中心は、冷房や水分補給といった予防策そのものではなく、「熱中症の疑いがある人を早く見つけ、報告し、重篤化させない」ための体制づくりにあります。
そして厚生労働省の死亡事例分析が繰り返し示してきたのは、症状の放置と対応の遅れ、つまり発見の遅れが人の命を奪うという事実です。本記事では、改正労働安全衛生規則の内容と罰則、義務化1年目に起きたこと、多くの現場でつまずきやすい「報告体制」の実態を整理したうえで、位置測位(屋内測位)やAIといった技術が発見をどう早められるかを解説します。
I. 熱中症対策の義務化とは?2025年6月施行の内容と罰則
厚生労働省は、改正労働安全衛生規則(令和7年厚生労働省令第57号)により、2025年6月1日から職場の熱中症対策を義務化しました。新設された第612条の2が対象とするのは、WBGT(暑さ指数)28度以上または気温31度以上の場所で、継続して1時間以上、または1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれる作業です。業種を問わず、屋内・屋外の両方に適用されます。
事業者に求められる対応は、大きく2つあります。
1. 早期発見・報告体制の整備と周知
熱中症の自覚症状がある作業者本人や、熱中症の疑いがある作業者を見つけた周囲の人が、確実に報告できる体制を事業場ごとにあらかじめ整備し、関係する作業従事者に周知することです。本人からの申告と、他者による発見の両方をカバーする必要があります。
2. 重篤化を防ぐ手順の作成と周知
作業からの離脱、身体の冷却、医師の診察といった重篤化防止措置の内容と実施手順を作業場ごとにあらかじめ作成し、緊急連絡網や緊急搬送先とあわせて周知することです。
要点を一覧にすると次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 施行日 | 2025年6月1日(改正労働安全衛生規則 第612条の2) |
| 対象作業 | WBGT28度以上または気温31度以上の場所で、継続1時間以上または1日4時間超が見込まれる作業 |
| 義務(1) | 熱中症の自覚症状・疑いを報告させる体制の整備と周知 |
| 義務(2) | 作業離脱・身体冷却・医師の診察など重篤化防止の手順作成と周知 |
| 罰則 | 6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(法人にも罰金) |
| 適用範囲 | 全業種、屋内・屋外の両方 |
違反した場合は、労働安全衛生法に基づき6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象となり、法人にも罰金が科され得ます。なお、ここで挙げた要件は概要です。自社の作業が対象になるかどうかの詳細は、厚生労働省が公表している省令・通達・リーフレットで確認することをおすすめします。
II. 義務化1年目に何が起きたか
義務化前年の2024年、職場での熱中症による死傷者は1,257人、死亡者は31人でした。死亡者が3年連続で30人以上という状況が、罰則付きの義務化に踏み切った背景です。
義務化1年目の2025年は、6月から8月の平均気温が平年比プラス2.36度という観測史上最も暑い夏となり、死傷者は1,803人と前年から約43%増えて過去最多を更新しました。それでも死亡者は19人へと大きく減り、厚生労働省は、改正の主眼である熱中症による死亡災害の防止が「一定程度図られた」と分析しています。
ただし、亡くなった事例の中身を見ると、課題は明確です。厚生労働省が2026年2月時点でまとめた2025年の死亡事例分析では、報告体制の整備・周知が確認できなかった事例が2件、重篤化防止の手順の作成・周知が確認できなかった事例が3件、熱中症に関する安全衛生教育が確認できなかった事例が8件ありました。糖尿病や高血圧など発症に影響し得る疾患を持つ人の事例が7件を占め、作業終了後や帰宅後に容体が悪化した事例も報告されています。義務化された体制が確認できなかった現場で、人が亡くなっているのです。
この分析を踏まえ、厚生労働省は2026年3月、従来の「職場における熱中症予防基本対策要綱」を廃止し、新たに「職場における熱中症防止のためのガイドライン」を策定しました。業種や作業実態に応じて対策を選べるメニュー型の構成で、WBGTの測定と評価、重篤化を防ぐ体制と手順、糖尿病・高血圧など疾患のある作業者への医師の意見を踏まえた配慮が柱です。2026年5月から9月のクールワークキャンペーンもこのガイドラインに沿って展開されており、行政の関心は「体制が書類上あるか」から「実際に機能するか」へと移りつつあります。
III. なぜ「報告体制」の整備は難しいのか
報告体制の整備と聞くと、緊急連絡網を作って掲示すれば済むように思えます。しかし死亡事例が示すのは、報告の前提となる発見そのものが難しいという現実です。
1. 広い現場では異変に気づけない
工場や建設現場、屋外のヤードでは、誰がどこで作業しているかを管理者が常に把握しているとは限りません。姿が見えないのは休憩中だからか、それとも倒れているからか。離れた場所からは区別がつかず、発見はどうしても遅れます。
2. 単独作業では報告する本人が動けない
熱中症は判断力の低下を伴います。自覚症状を報告すべき本人が、報告できる状態にないまま重篤化するのが単独作業の怖さです。2025年の死亡者を業種別に見ると、建設業の5人に次いで多いのが警備業の3人でした。交通誘導や巡回など、一人で持ち場につく時間が長い働き方ほど、この構造的なリスクを抱えています。
3. 屋内外の混在で、危険な場所が動き続ける
WBGT28度という基準は、同じ現場でも場所と時間帯によって超えたり下回ったりします。屋内の熱源のそば、直射日光下の屋外、空調のきいた詰所と、リスクの高い場所は刻々と入れ替わります。移動しながら働く現場で「誰が今、暑熱な環境に何時間いるか」を紙の管理で追い切るのは現実的ではありません。
こうした難しさは行政も認識しています。施行通達(基発0520第6号)は、報告を待つだけでなく積極的に異変を把握する方法として、責任者による職場巡視、作業者同士が互いの健康状態を確認し合うバディ制、ウェアラブルデバイスの活用、責任者と作業者の双方向での定期連絡、およびこれらの組み合わせを挙げています。国の通達が技術の活用を明示している以上、人の目だけに頼らない仕組みを検討する価値は十分にあります。
IV. 位置測位とAIは「発見」をどこまで早められるか
早期発見のボトルネックは、「誰が」「どこで」「どんな状態か」という3つの情報が現場に散らばっていることです。ここを束ねるのが、位置測位(RTLS)とAIの役割です。
UWB(超広帯域無線)を使った位置測位は、作業者が身につけたタグの位置をリアルタイムで把握します。ORBROのUWB RTLSは、一定時間動きがないことを検知して管理者に通知する無動作検知と、作業者自身がタグのSOSボタンで異常を知らせる機能を備えており、「報告できない状態」に陥った作業者を位置情報つきで見つける手がかりになります。倒れた場所が最初から分かっていれば、駆けつけと救急要請までの時間はそのぶん短くなります。
AI Event Managerは、カメラ映像をAIが解析し、人の倒れ込みを検知するアプローチです。タグを持たない来訪者や協力会社の作業者もカバーでき、位置測位と組み合わせることで死角を減らせます。そしてORBRO OSは、現場の地図上に人と設備の状態を重ねて表示し、異常の検知から関係者への通知、対応手順(SOP)の記録までを一つの画面で扱う基盤です。社内で定めた重篤化防止の手順を実際に動かし、対応の記録を残す運用を支えます。
明確にしておきたいのは、これらの技術を導入すれば法令上の義務を満たせる、という話ではないことです。義務の中心はあくまで体制と手順の整備・周知であり、要件の充足は厚生労働省の公表資料に基づいて判断する必要があります。技術が担うのは、体制を作った後に残る最大の課題、すなわち発見と初動の速さです。位置測位の仕組みや方式の違いは、屋内測位の完全ガイドで詳しく解説しています。
V. 導入時の検討ポイント
1. 対象作業の洗い出しから始める
自社のどの作業がWBGT28度以上または気温31度以上、継続1時間以上または1日4時間超の条件に該当し得るかを、場所と時間帯まで含めて洗い出します。ここが曖昧なままでは、体制づくりも技術導入も過不足が生じます。
2. 補助金の活用を検討する
厚生労働省のエイジフレンドリー補助金には熱中症対策コース(補助率2分の1、上限100万円)があり、2026年度(令和8年度)は、通信機能による集中管理ができ深部体温を推定できるウェアラブルデバイスを用いた健康管理システムの導入が補助対象に含まれています。申請期間は2026年5月20日から10月31日までです。対象機器や要件は年度ごとに変わるため、申請前に交付要領の確認が必要です。
3. 体制を動かして確かめる
連絡網と手順書を作って終わりにせず、発見から報告、作業離脱、搬送までを想定した訓練で、どこに時間がかかるかを確かめます。死亡事例分析が示すとおり、人を守るのは書類ではなく運用です。訓練で見つかったボトルネックこそ、技術で埋めるべき箇所です。
VI. おわりに
熱中症対策の義務化は、対策の範囲を「暑さを避ける」ことから「倒れた人を見逃さない」ことへと広げた規制です。観測史上最も暑い夏に死亡者が約4割減ったという1年目の数字は、早期発見と初動の体制が機能すれば結果が変わり得ることを示しました。一方で、亡くなった事例の中には、義務化された体制そのものが確認できなかったものが含まれていました。来年の夏がさらに暑くなっても発見の遅れを繰り返さないために、体制を実際に機能させる仕組みが問われています。
ORBROは、UWBによる位置測位、AIカメラによる倒れ込み検知、そしてそれらを一つの画面に統合するORBRO OSによって、現場全体の「誰が・どこで・どんな状態か」を可視化し、発見までの時間を縮める仕組みを提供しています。熱中症対策の体制づくりを技術面から検討したい方は、お気軽にORBROまでお問い合わせください。